【ガンプロ】闘龍門→DDT→ユニオン→旗揚げ→独立——大家健、デビュー25年目の後楽園で語った「日本と世界を平和に」
【ガンプロ】闘龍門→DDT→ユニオン→旗揚げ→独立——大家健、デビュー25年目の後楽園で語った「日本と世界を平和に」
ガンバレ☆プロレス代表・大家健にとって、4月29日の後楽園は人生の節目に置かれた一夜だった。デビュー25周年記念試合。パートナーのガッツ石島と組み、望月成晃&中津良太組と対戦。結果は中津のジャパニーズ・レッグロール・クラッチホールドに丸め込まれて10分32秒で黒星。
しかし、この夜の大家健の本領は、試合よりも試合後にあった。
レスラー・大家健というキャリアの濃さ
そもそも大家健というレスラーの歩んできた道のりが、なかなか他に類を見ない。
最初は闘龍門の練習生として格闘技人生をスタート。しかしデビュー前に退団するという、いきなりのつまずきからキャリアが始まった。次に門を叩いたのがDDT。2001年12月、ようやくここでデビューを果たす。途中、ユニオンプロレスにも籍を置いた。
そして2013年4月、自分の団体としてガンバレ☆プロレスを旗揚げ。3年後の2016年6月にはDDTのKO-D無差別級王座まで戴冠している。さらに2024年3月、ガンプロをサイバーファイト傘下から独立させ、現在は独立団体の代表者として団体の舵を握っている。
選手として、社長として、二刀流で25年。その節目に組まれたのが今夜の記念試合だった。
カードに込められた25年分のリンク
対戦カードの選択にも、25年の意味が込められていた。
パートナーのガッツ石島は、学生プロレス時代からの戦友。さらにガッツは学プロのOB時代に、対戦相手の望月成晃のキャラクターでリングに上がっていた時期があるという、濃すぎる縁の選手。そして大家にとって望月は、闘龍門時代の雲の上の大先輩にあたる。
学プロ時代、闘龍門時代、現在のガンプロ。大家健というレスラーが歩いてきた時代の人間関係が、たった一試合の中に圧縮されていた——カード自体がもう、25年史だった。
「やりたい試合だけやっていたら、社会人として無責任」
そして試合後のマイク。
「本当に25年も迎えてるんです。俺がデビューした年に生まれた子、25歳です。第1試合やった(中村)宗達、川上(翔大)、元島(仙多郎)とか生まれた年に俺デビューしてます。25年やったからって、まだまだやり足りない。今まで試合やって、"これは"って思った選手と存分に試合して負けて。自業自得だよ。でも俺はやりたい試合をやっていきます。やりたい試合だけやっていたら、社会人として無責任だと思いますので。ベルトも狙っていくし、大きな大会もやっていくし、社会貢献したいです。この25周年で、私一人の力では小さいかもしれないけど、日本や世界を平和にしていきたい。これから1年、いやこの先ももっと大家健並びにガンバレ☆プロレスの応援をよろしくお願いします」
驚かされるのは、勝負論ではなく「社会貢献」「平和」という言葉が並ぶこと。プロレスラーが25周年で語る言葉として、これほど社会に開かれた発言はそう聞かない。レスラーであり経営者であり、一人の社会人として25年を迎えた男の現在地である。
「ベルトも狙っていくし、大きな大会もやっていくし」
そして団体代表として、具体的な予定も明言された。
「今年ガンバレ☆プロレスの後楽園、あと3回やります。8月15日、10月31日、12月22日。皆さんよろしくお願いします」
旗揚げ13周年、独立3年目で、年4回の後楽園開催。この本数は、独立団体としては相当な攻めの興行スケジュールである。
*ガンバレ☆プロレス『旗揚げ13周年記念大会〜マッド・マックス2026』*
*2026年4月29日(水・祝)東京・後楽園ホール(11時半開始) 観衆588人*
*次回後楽園大会は8月15日、10月31日、12月22日*